レレレの日記

生活の中で感じたことを書きたいと思います。

思い出すなー


今日は一日暑かったです。
夕方庭木に水をやるのと打ち水をかねて
庭に水まきをしました。
水をまくと風を変わるのを感じます。
水をまき終わると、跳ねた土が足についていて
ホースの水で足を洗うと、
はらー、
海から上がって砂のついた足を洗った記憶が
よみがえってきました。
う~ん、この感じ。
思わず笑顔にかっになっちゃいました。


| | 06:12 PM | comments (0) | trackback (0) |




ここで見える


ここで、
共助と公助の位置関係が
見えてくるんだよな~
と・・・独り言ですにこっ

| | 04:25 PM | comments (0) | trackback (0) |




やっぱり、人です。


信じられない事件があります。

これまでのいろんな取り組みは、
問題が起こった時にどうするか
という対処療法的なものが多かったように
思います。

これは、行政依存が高い証明でもありますね。

行政は、全体的な公の問題にならないとやれないという、
税金を財源する組織ならではの特性があります。
ですから、問題が大きくなって全体の問題となった時に
初めて動き出す仕組みになっています。

しかし、本来社会をよくしようと思えば、
そうならないようにする、若しくは、兆候が見えたら早目に手を打つ
という予防的な取り組みが大切なのですが、
これは住民自ら、アンテナを高くして、
自らの地域で当事者としてやらないと出来ません。

行政としては、モデル事業という形で
地域を特定して事業を展開するのですが、
これも、行政が考えたわけで、
地域住民が自ら「気づいて」行動したわけではないので、
地域ではやらされ感が強い。

住民自らという発意に基づくというのでは
ありませんものね。

今の問題は、ここにあると思います。
数や%を下げるという行政としての
取り組み手法に合わせて、
住民がくらしの中で、自ら地域社会に関わっていかないと、
根本的なものは変わっていかずに、
常に現象面に追われるだけで、
根っこは、どんどん悪くなっていく。

そして、これに気づかないで、
いつも誰かを攻めている。

今、こんな感じの繰り返しのように
思います。
これは行政の施策では変えられない。
自立した大人が自主的に動き出さなければ。
行政の施策も偉い人も、人は変えられない。

人が動き出す時には、仕事でも立場でもない
志一つで動き出した大人に、
大人が共感共鳴した時だと思います。

日本を大きく変えた明治維新も
最初は行政や政党的な集団ではなく、
志士たちが立ち上がって、
日本を動かしたのですものね。

おー久しぶりに熱く語ってしまった。


| | 12:17 PM | comments (0) | trackback (0) |




なぞなぞ


最近のレレレのおじさんでは、
子どもたちから毎日「なぞなぞ」の出題があります。
結構面白いのもあって、
皆さんに出題。
「お金の硬貨や紙幣が歩いていました。
 さて、こけたのはどれでしょうか。」
さぁーみんなで考えよう!

| | 12:08 PM | comments (7) | trackback (0) |




びっくりです。


いやいや、びっくりしました。
東国原知事の書かれた新刊「知事の世界」(幻冬舎)に
私が登場しておりました。ぎょ

| | 09:43 PM | comments (6) | trackback (0) |