2008,06,30, Monday/レレレのおじさん
やっぱり、人です。
信じられない事件があります。
これまでのいろんな取り組みは、
問題が起こった時にどうするか
という対処療法的なものが多かったように
思います。
これは、行政依存が高い証明でもありますね。
行政は、全体的な公の問題にならないとやれないという、
税金を財源する組織ならではの特性があります。
ですから、問題が大きくなって全体の問題となった時に
初めて動き出す仕組みになっています。
しかし、本来社会をよくしようと思えば、
そうならないようにする、若しくは、兆候が見えたら早目に手を打つ
という予防的な取り組みが大切なのですが、
これは住民自ら、アンテナを高くして、
自らの地域で当事者としてやらないと出来ません。
行政としては、モデル事業という形で
地域を特定して事業を展開するのですが、
これも、行政が考えたわけで、
地域住民が自ら「気づいて」行動したわけではないので、
地域ではやらされ感が強い。
住民自らという発意に基づくというのでは
ありませんものね。
今の問題は、ここにあると思います。
数や%を下げるという行政としての
取り組み手法に合わせて、
住民がくらしの中で、自ら地域社会に関わっていかないと、
根本的なものは変わっていかずに、
常に現象面に追われるだけで、
根っこは、どんどん悪くなっていく。
そして、これに気づかないで、
いつも誰かを攻めている。
今、こんな感じの繰り返しのように
思います。
これは行政の施策では変えられない。
自立した大人が自主的に動き出さなければ。
行政の施策も偉い人も、人は変えられない。
人が動き出す時には、仕事でも立場でもない
志一つで動き出した大人に、
大人が共感共鳴した時だと思います。
日本を大きく変えた明治維新も
最初は行政や政党的な集団ではなく、
志士たちが立ち上がって、
日本を動かしたのですものね。
おー久しぶりに熱く語ってしまった。
これまでのいろんな取り組みは、
問題が起こった時にどうするか
という対処療法的なものが多かったように
思います。
これは、行政依存が高い証明でもありますね。
行政は、全体的な公の問題にならないとやれないという、
税金を財源する組織ならではの特性があります。
ですから、問題が大きくなって全体の問題となった時に
初めて動き出す仕組みになっています。
しかし、本来社会をよくしようと思えば、
そうならないようにする、若しくは、兆候が見えたら早目に手を打つ
という予防的な取り組みが大切なのですが、
これは住民自ら、アンテナを高くして、
自らの地域で当事者としてやらないと出来ません。
行政としては、モデル事業という形で
地域を特定して事業を展開するのですが、
これも、行政が考えたわけで、
地域住民が自ら「気づいて」行動したわけではないので、
地域ではやらされ感が強い。
住民自らという発意に基づくというのでは
ありませんものね。
今の問題は、ここにあると思います。
数や%を下げるという行政としての
取り組み手法に合わせて、
住民がくらしの中で、自ら地域社会に関わっていかないと、
根本的なものは変わっていかずに、
常に現象面に追われるだけで、
根っこは、どんどん悪くなっていく。
そして、これに気づかないで、
いつも誰かを攻めている。
今、こんな感じの繰り返しのように
思います。
これは行政の施策では変えられない。
自立した大人が自主的に動き出さなければ。
行政の施策も偉い人も、人は変えられない。
人が動き出す時には、仕事でも立場でもない
志一つで動き出した大人に、
大人が共感共鳴した時だと思います。
日本を大きく変えた明治維新も
最初は行政や政党的な集団ではなく、
志士たちが立ち上がって、
日本を動かしたのですものね。
おー久しぶりに熱く語ってしまった。
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